和歌における視覚効果

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

そこで、一つ目の疑問が生まれます。 地上において詠まれた歌の最初はスサノオノミコトの歌。 人の世となりて、すさのをのみことよりぞ、みそもじあまりひともじはよみける。

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読解力を向上させる「言の葉」の理解 ~紀貫之に学ぶ言葉の正体~

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

ただし、条件がありますが・・・。 和歌(やまとうた)は、 人の心を種(たね)として 万(よろず)の言の葉とぞ なれりける。 人の世では、スサノオが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した後 櫛灘姫との住まいを定めるときに詠んだ歌が 人間の音声としてはっきりわかる形でこの時空上に現れた 最初の歌ということなのでしょう。

読解力を向上させる「言の葉」の理解 ~紀貫之に学ぶ言葉の正体~

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

nao , 「 manyousyuu 」 no gogen ha syosetsu ari , dore ga tadasii no ka ha wakari mase n. 」 〈和歌は、人の心を種子として(生い茂り)、さまざまな言葉となったものである。

読解力を向上させる「言の葉」の理解 ~紀貫之に学ぶ言葉の正体~

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

「やまとうた」が「言の葉」となった? つまり、「やまとうた」の方が「言の葉」より先にあったということになる。 ・下照という名前は、モロに天照(アマテラス)と対照的。

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「万(よろづ)の言の葉」の謎

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

(注:勅撰和歌集・・・天皇(あるいは上皇)の命令で編纂された和歌集) これらが意味するところは何でしょうか。

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第108回 国語 『「やまとうた」考 ――前編――』本文

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

妻クシナダヒメをめとって出雲国に宮殿を建てた時に、 八色の雲が立つのを見て詠んだのだ。

和歌に詠まれた秋の色

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

ランダムハウス英和 0• 今の世の中は、インターネットやSNSの拡大で、言葉の扱い方も変わってきました。 全文全訳古語辞典 3• ところが、仮名序(紀貫之が書いた)の方には、何やら謎めいた言葉があるのです。

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〈やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける〉と古今和歌集の仮名序に…|【西日本新聞ニュース】

は よろ づ なれ 心 と の うた の 人 を やまと ける り 種 言の葉 ぞ として

さあ、ここで浮かび上がってくるのは 『仮名序』では、出雲系の神である「下照姫」を「天」としていることです。 兄(しゅうと)の神のかたち、 岡・谷に映りて輝くをよめる夷歌なるべし。

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和歌に詠まれた秋の色

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何故、天では下照姫、地ではスサノオになるのでしょうか? 反対ではないのか?・・・とか、時代も全然合わないでしょ! みたいなツッコミが出そうです。 法則の辞典 0• 歌謡、催馬楽においても和歌と同じように視覚効果を見出すことができよう。